久しぶりに授業で感動しました。
この感動を忘れないうちに記しておこう、
また皆様と共有したいと思います。
ALTの先生(ここではA先生としておきます)との
初めての授業。
A先生はこんな問題を投げかけました。
・・・「日本では、学校に入学する時期を
9月としようという議論がありましたが、
あなたはどう思いますか。」
そこで私は、次のように述べました。
(もちろん英語です)
「日本が9月入学制を導入すると、
義務教育の修了年齢が
欧米諸国に比べて
1年遅くなる」。
私の意見はこうです。
もし仮に、日本が9月入学制を導入したとします。
すると、年度、つまり入学の時期を半年遅らせることはできても
半年早めることは勉強の進度等の観点から不可能です。
また、昨今の新型コロナウイルス感染症拡大に伴う長期休業により、
授業の進度が大幅に遅れていることも勘案すると、
たとえば2021年4月に入学する予定の人を
2020年の9月に入学させることはまず不可能です。
では、もし9月入学制を導入したらどうするのか。
移行期間について、その方法は様々ありますが、
完成形として、
現行で2021年4月入学予定の人を
2021年9月に入学させる。
この是非が議論されていたのです。
もしこれを導入するとどうなるか。
欧米諸国に比べて義務教育修了時期が
丸1年遅れてしまい、
グローバル化が進む中、
世界に対抗できなくなってしまう。
これを必死に英語で先生に説明しました。
ところが、先生から帰ってきた返事は、
予想とまったく異なるものでした。
私はその返答に感動しました。
「入学や卒業が1年遅れる。
あなたの言っているメカニズムはわかるが、
じゃあそれの何が問題なの」と。
先生は続けました。
「アメリカには飛び級制度もあるし、
日本と同じように留年もある。
だから同じ学年に1、2歳差がある
生徒がいても
なんも不思議ではない。
アメリカでは、たとえ留年したとしても
その後人間として立派に生きているし、
そういう友だちが私には何人もいる」と。
私は感動しました。
そういう視点が自分には抜けていた、
まだまだ日本人特有の学歴重視のがちがち頭だと。
いろんな人がいていいんだ。
その姿勢こそが
真の「ダイバーシティ」なのではないかと思いました。
まだまだ学歴第一の日本ですが、
いつかそういう日がくることを
願いますし、
そういう社会をつくっていきたいと
思います。
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